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東京高等裁判所 平成11年(ネ)5625号 判決 2000年5月24日

控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 石井元

被控訴人(原告) 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 佐長功

同 田口和幸

同 植竹勝

同 村上寛

同 本多広和

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件の事案の概要は、原判決三頁四行目の「請求」の次に「を」を、同六頁六行目の「一一日」の次に「、控訴人との間で」をそれぞれ加え、同七頁九行目の「債権」を「債権元本」と改め、同一一頁一行目の「は認め」を削り、同一四頁三行目の「パーセント」の次に「。以下「第一回目の融資」という。」を、同四行目の「パーセント」の次に「。以下「第二回目の融資」という。」を、同五行目の「パーセント」の次に「。以下「第三回目の融資」という。」をそれぞれ加えるほかは、原判決の「二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決一五頁七行目の「請求原因」を「本件融資の成否及び効力」と改める。

2  原判決一六頁一行目の「は当事者間に争いがない」から同一八頁五行目末尾までを「については、これを認めるに足りる的確な証拠はない。<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、夫であるBから控訴人名義で被控訴人から金銭の貸付けを受ける旨説明され、一回か二回被控訴人新宿西口支店に赴いたことがあり、最初にBとともに同支店に赴いた際に、融資を受けるための書類や約束手形等に自ら署名したこと、Bが代表を務める株式会社aの事務員であるC(以下「C」という。)は、b会のD及び控訴人とともに一回だけ同支店に赴き、その際控訴人が手形に署名したのを見た旨陳述していること(乙八)、右D及びBは、控訴人が二回目に同支店に赴いたのは第二回目の融資(甲二四により、手形貸付であったことが認められる。)を受ける際である旨陳述していること(乙一〇、一一)、証拠として提出されている書類で控訴人本人の署名があるものは、①昭和六一年五月一九日の第一回目の融資の際に作成された同日付け銀行取引約定書(甲一。ただし、日付けは、被控訴人の行員が記入したのものである。)、②本件融資の前日(昭和六三年三月一〇日)付けの有価証券担保差入証書(甲三。この日付けも、被控訴人の行員が記入したものである。)、③本件融資の日(同月一一日)と同日付けの普通預金払戻請求書(甲三五。この日付けが控訴人自身により記入されたことを認めるに足りる証拠はない。)、④平成元年三月一五日付けの払戻請求書(甲四〇の1)並びに⑤昭和六二年一〇月二一日に開設され同月二八日の第三回目の融資から使用された控訴人名義の普通預金口座(番号<省略>)に係るいずれも平成二年三月一五日付けの届出印の変更届(甲八)、印鑑届(甲九)及び普通預金印鑑票(甲一〇)だけであり、昭和六二年七月一七日付けの普通預金解約請求書(甲一四。第一回目及び第二回目の各融資に使用された口座に係るもの)、同年一〇月二一日付けの普通預金新約申込書(甲二八)及び同月二九日付けの普通預金払戻請求書(甲三〇。前日実行された第三回目の融資による入金を払い戻したもの)その他の控訴人名義の署名のある文書はいずれも控訴人本人が署名したものではないこと、第二回目の融資については同年七月一七日に返済され、融資の際に振り出された手形の書替えはされなかったこと<証拠省略>、第三回目の融資も手形貸付であり、満期前の昭和六三年一月四日までに全額返済され、手形の書替えはされなかったこと<証拠省略>、以上の事実が認められるが、右認定の事実から、控訴人が本件融資の当初の約束手形に署名したものと認めることは困難である。被控訴人は、平成一〇年五月一二日の原審第一回口頭弁論期日に陳述された答弁書の「請求の原因に対する答弁」第二項において、控訴人が本件融資に係る当初の約束手形(額面金額三億円)に署名押印したことを認めていると指摘し、これについて自白が成立していると主張するが、本件訴状には、本件融資以外の第一回目から第三回目までの各融資に関する記載はなく(この第一回目から第三回目までの各融資の事実が明らかにされたのは同年六月二三日の第一回弁論準備期日に陳述された同日付け準備書面においてである。)、右答弁書の「被告の反論」第二、第三項には、約束手形に署名押印したのはBに連れられて被控訴人新宿西口支店に赴いた最初の一回だけで、言われるままに署名押印したが、融資金額も知らされず、その後は、同支店に行ったこともなければ約束手形に署名押印したこともないと記載されており、右答弁書の記載を全体としてみれば、控訴人が本件融資の当初の約束手形に署名したことを認めたものと解することには無理がある。」と改める。

3  原判決一八頁六行目の「(一)」を「(三) ところで、」と、同行目の「甲」から同七行目の「証人」までを「甲号各証、乙号各証、証人B、同」とそれぞれ改める。

4  原判決一九頁二行目の「であり」の次に「(甲六二から七六によれば、控訴人は、昭和五四年七月五日までと昭和六〇年六月三〇日から現在に至るまで株式会社aの取締役として登記され、また、昭和五七年三月三一日までと昭和六〇年三月一五日から現在に至るまで株式会社b会の代表取締役として登記されている事実が認められるが、控訴人本人尋問の結果及び証人Bの証言によれば、右の登記は全くの名前だけのものであり、控訴人がいわゆる総会屋として活動したり、Bの仕事を現実に手伝ったりしたことはないことが認められる。)」を加え、同一一行目の「の新宿西口支店」をいずれも削る。

5  原判決二〇頁九行目の「担保評価をするなどした後」を「担保価値の評価はしたものの、通常の融資の場合に行われる審査は全く行わず」と、同一〇行目の「同支店」から同一一行目の「締結され」までを「Bとともに同支店に来店し、控訴人が銀行取引約定書及び約束手形に署名押印してこれを被控訴人に差し入れると、融資金の使途や返済方法、控訴人自身の資力などについての説明や資料提出を控訴人やBに求めることもなく」とそれぞれ改める。

6  原判決二一頁一行目の「が実行された」を「(第一回目の融資)を実行した」と改め、同二行目の「も、同様にして」を削り、同三行目の「二億五〇〇〇万円」の次に「(第二回目の融資)」を、同四行目から同五行目にかけての「三億円」の次に「(第三回目の融資)」を、同六行目末尾の次に「なお、この間の昭和六一年七月三〇日に三億円(返済期限・同年一〇月三一日)、同年一二月三日に三億円(返済期限・昭和六二年三月三日)、同年三月四日に四億九〇〇〇万円(返済期限・昭和六三年三月三日)がいずれも株式会社a及び株式会社b会の監査役であるEを債務者として貸し渡され(ただし、後記のとおり、債務者がだれかについては争いがある。)、前二者は返済期限までに返済された。」をそれぞれ加え、同七行目の「原告と被告との間で」を削り、同八行目の「被告から原告に」を「控訴人自身の署名がある」と改め、同行目の「有価証券担保差入書」の次に「(甲三)」を加え、同一一行目の「被告」から同行目から同二二頁一行目にかけての「交付し」までを「控訴人名義の署名がある(ただし、前示のとおり、控訴人自身が署名したものであるとまでは認められない。)額面金額三億円の約束手形が被控訴人に差し入れられ」と改める。

7  原判決二二頁一行目の「普通預金口座」の次に「(前示のとおり、この口座を開設した際の昭和六二年一〇月二一日付けの普通預金新約申込書(甲二八)の署名は、控訴人自身のものではない。)」を、同三行目の「普通預金払戻請求書」の次に「(甲三五)」を、同四行目の「払い戻された」の次に「(この払戻しの際に作成された普通預金払戻請求書(甲三六)の控訴人名義の署名は、明らかに控訴人自身によるものではない。)」を、同行目の次に行を改めて

「(5)その後、本件融資については、ほぼ一年ごとに利息が支払われるとともに(この利息については、被控訴人の総務部次長からFに対して連絡があり、これをFがBに伝え、Bがその資金を用意して控訴人名義で支払っていたものであり、被控訴人から控訴人に対して連絡されたり、控訴人自身が右資金を調達したり、その支払に関与した形跡はない。)、弁済期を延長する書替手形が逐次差し入れられ、最終的に弁済期は平成一〇年三月一三日まで延長され、支払期日を同日とする約束手形(甲二)が差し入れられたが、右各書替手形の振出人欄の控訴人名義の署名は、いずれも前記Cがしたもので、押印もBが常時保管していた控訴人の実印をCがその度に預かって押印したものであり、控訴人自身は、右約束手形の書替えについては全く関知していない。この間、被控訴人に担保として差し入れられた前記株式(この株式の所有者が控訴人であったことを認めるに足りる証拠はなく、B又は他のb会の会員名義のものであったことが推認される。)の価格は下落し、本件融資の元金額以下になっていたが、控訴人に対してもBに対しても被控訴人から担保の追加が要請された事実はない。Bは、平成一〇年三月一三日、同人を供託者、被控訴人を被供託者として本件融資の利息として六三五万七五三四円を弁済供託している。」

をそれぞれ加え、同五行目の「(5)を「(6)」と改め、同六行目の「四回」の次に「(うち三回は前記のとおり)」を加え、同一一行目から同二七頁六行目までを次のとおり改める。

「 また、Bは、本件訴訟において、本件融資は自分が控訴人名義で借りたものであり、借入金は転換社債購入のために使用した、控訴人は本件融資と無関係であると証言し、かつ、その旨の陳述書(乙一〇)を作成している。

(四) 以上認定したところによれば、本件融資は被控訴人と控訴人との間で行われたものではなく、被控訴人とBとの間で行われたものと認めるのが相当である。

すなわち、右認定の各事実によれば、確かに、第一回目の融資が行われるについては、控訴人が自ら銀行取引約定書及び約束手形に署名したことから(控訴人に真に債務負担の意思があったか否か、また、控訴人に真に債務負担の意思がなかったとして被控訴人がそのことを知り又は知り得べきであったか否かが問題となるとしても)、外形的には控訴人が債務者であると一応認めることができるが、しかし、本件融資については、前記認定のとおり、控訴人自身の署名がある文書としては、本件融資の日の前日付けの有価証券担保差入証書及び本件融資の当日付けの普通預金払戻請求書があるだけで、本件融資に係る約束手形に控訴人自身が署名した事実を認めるに足りる証拠がなく、控訴人が本件融資が行われたことを認識していたかどうか疑問を否定することができない。

この点につき、被控訴人は、本件融資に係るすべての約束手形及び控訴人作成名義の書類には控訴人の実印が押印されているから、これらは控訴人の意思に基づいて作成されたものであることが推定されるし、また、控訴人は、Bに実印を預けるに際して、これが使用されて控訴人名義で被控訴人から融資がされることを認識し、かつ、了解していたのであり、この実印が本件融資に係る一連の書類に押印して使用されることにあらかじめ同意していたことは明らかである、さらに、株式会社aの取締役及び株式会社b会の代表取締役である控訴人においてB及びCが本件融資の書替えをしていたことを知らなかったはずはなく、これらの事実から、本件融資が控訴人の意思に基づきその了解の下に行われていたことは明らかであると主張する。確かに、前記認定の有価証券担保差入証書(甲三)、本件融資に係る普通預金払戻請求書(甲三五)及び届出印変更届等(甲八ないし一〇)に自ら署名していること及び控訴人本人尋問の結果に照らせば、控訴人において控訴人名義で被控訴人から何らかの融資が行われたことを認識していたことは認められるが、しかし、それを本件融資と特定した上で大まかにでもその具体的内容を認識していたかは疑問であり、また、控訴人がいわゆる専業主婦であって株式会社a及び株式会社b会の活動に全く関与していなかったことは前記認定のとおりであり(取締役又は代表取締役として登記されていることから、直ちにBの行っている活動に積極的に関与していると認めることはできず、他にこれを認あるに足りる証拠はない。)、本件融資の書替えを現実に知っていたことを窺わせるに足りる事情も見当たらない。そして、前記認定の事実によれば、被控訴人は、昭和六三年三月当時、総会屋として活動していたBと良好な関係を保つために、Bからの融資申入れを断ることができず、そうかといって、Bに対して直接融資することは総会屋の活動に協力することがあまりに明白となってはばかられたため、実質的にはBへの融資であると認識しながら、その妻である控訴人の名義で融資をしたものであることが容易に推認することができるのであり、そうすると、被控訴人において真の債務者はBであって控訴人は単なる名義人にすぎず、控訴人には真に債務を負担する意思がないことを十分に認識していたものと認められるから、このような場合にまで、控訴人の実印が押印されていることにより控訴人の実印の押印された本件融資に係る前記各書類が控訴人の意思に基づいて作成されたものであるとの推定を働かせることは相当でないと認められ、右の推定は働かないというべきである。そして、他に本件融資が控訴人に対して行われたものであると認めるに足りる証拠はない。

2 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本件請求は、理由がない。」

二  よって、当裁判所の右判断と異なる原判決を失当として取り消し、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 加藤謙一 裁判官櫻位登美雄は、差支えのため、署名押印することができない。裁判長裁判官 石井健吾)

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